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安芸高田市のあゆみ
 この地方は、古代安芸国において高田郡(七郷)と高宮郡(六郷)の2郡があり、それぞれに役所である郡衙が置かれていましたが、中世に入り、南北朝期頃には高田郡として併合されほぼ現在と同じ市域になりました。中世の後半は、郡内各地に国人領主が割拠しましたが、次第に吉田を本拠とした毛利氏が台頭し、安芸国、更には中国地方全体の盟主となりました。近世に入り、毛利氏が周防・長門に移封後、広島藩の統治下となった高田郡は、広島湾沿岸地域と石見・出雲とを結ぶ交通の要衝として、また、広島近郊の農村地帯として発展し、最大時には61ヶ村を数えました。

 その後明治22年4月市町村制の実施により郡内59ヶ村が合併し26ヶ村となりました。明治32年からは郡制がしかれ、大正15年まで吉田に郡役所が置かれました。昭和になると戦前戦後を通じて幾度も合併・編入・分離を重ねた結果、最終的に昭和48年からは吉田町、八千代町、美土里町、高宮町、甲田町、向原町の6町となりました。

 そして平成に入り、更なる市町村合併の機運が高まり、平成16(2004)年3月1日に高田郡6町の合併により、広島県で14番目の市である「安芸高田市」が誕生しました。
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