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郡山城跡見どころ紹介
 

本丸

郡山の山頂に位置し、一辺が約35mの曲輪で、北端に一段高くなった櫓台(長さ23m幅10m)があり、標高は389.7mで、比高は約200mです。城の遺構は山頂の曲輪を中心に放射状にのびる6本の尾根、さらにそれからのびる6本の支尾根の計12本の尾根とそれらに挟まれた谷を曲輪や道で有機的に結合させて、まとまりのある複雑な構造になっています。
大永3年(1523)に元就が宗家の郡山城を相続して以来、郡山の南東にあった城(本城)を郡山全山に拡大しました。元就はここを本拠城として、幾多の合戦を経て中国地方の統一を成し遂げました。

 

二の丸

周囲を高さ50cm幅1mの石塁や石垣で、27mと15mの方形に区画されています。実用面積は約400m2です。

 

三の丸

城内最大の曲輪(1400m2)で、ここは土塁や削出し等で四段に分かれています。西と南の段は石塁でへだて、北の段とも1mの比高差をとり、石垣で区画されています。

 

御蔵屋敷

面積600m2の広い敷地の兵糧蔵跡と伝えられています。

 

釣井の壇

本丸の西にあり、今では水はありませんが、深さ4m、直径1.5mの井戸が残っています。

 

姫の丸壇

本丸北側の石垣はこの壇が基礎となり、この石垣中に「一日一力一心」の文字を刻んだ礎石を埋めたといわれています。

 

満願寺跡

天平12年(740年)行基菩薩が当地を訪ね、千手観音像を彫刻し、郡山に万願寺をたて安置したものと伝えられ、毛利氏の守護仏でした。万願寺跡は郡山城三の丸下方にあたり、境内跡には二つの蓮池が残っています。

 

勢溜の壇

御蔵屋敷跡の下段を、掘切で区画して独立させた、大小10段からなる大型曲輪です。

 

尾崎丸

旧本城との間を三条の堀切でへだてた、独立的な曲輪群にあり、その中では最大の所です。ここは、隆元の居所であったところと考えられます。

 

本城

郡山南東の麓に位置し、西端の櫓台があり、背後は谷を堀り切っています。元就が郡山全山を城郭化するまでの間、郡山城の中心でした。標高293m・比高約90mで、戦国初期の山城形態をよく残す城跡です。

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